44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。48歳になりました。

抗がん剤治療終了1年目の経過観察での検査。今さらだけど病状についてもう一度詳しく聞いてみる【がん闘病記137】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2018年の1月上旬に書いたメモをまとめています。

経過観察の検査で久しぶりに病院へ行く

2018年1月中旬。

今日は経過観察の検査で病院に来ている。

抗がん剤治療終了から1年目の検査だ。

今回受ける検査は多分血液検査とエコー検査だったように思う。

「だったように思う」とはまたのんきな感じだ。

最近では体調も悪くないのですっかり油断している。

そんなことだとすぐに足元をすくわれることくらい今までの経験から十分学んでいるはずなのに、もともと怠惰で怠け者な僕は「喉もと過ぎればなんとやら」でちょっと調子がいいとすぐに油断してしまいがちだ。

久しぶりに病院に入ると病院特有の消毒液と薬液が混ざったような匂いがすることに気がつく。

抗がん剤治療で入院している時はこの臭いがイヤだった。

この匂いを嗅ぐたびに吐き気が上がってきて気が滅入っていた。

抗がん剤治療で入院していた当時は

「抗がん剤の副作用で嗅覚が敏感になっているのかな?」

なんて思ってたけど、抗がん剤治療が終わって1年以上たった今でも同様にそう思うってことは副作用はあまり関係なかったようだ。

ただ病院特有の匂いで吐き気があがってきていたのは間違いない。

大きな病院では待ち時間がながいことはしょうがない 

いつものように最初に血液検査の採血を終えてしばらく待つことになる。

待合ロビーでひとりIpadをいじりながら待っていると、となりに座っているおばさん二人組が

「今日は人が多いねえ」

とボヤいていた。

「なんでこんなに人が多いんだろう、人が多いからすっごい待つよねえ…」

なんてことを話していた。

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隣にいて聞くともなしにその会話が聞こえてた僕は心の中で

「あなた方もその“人が多い”要因のひとつなんだけどね」

と思ったが黙って座っていた。

もちろん僕もその要因のひとつでもあるので。

大きな総合病院では「待つのが仕事」みたいなところがある。

待つ事は誰だっていやだけど病院側のスタッフも精いっぱいやってると思うので勝手ばっかり言ってもしょうがない。

抗がん剤治療終了から1年経ったので病状について詳しく聞いてみる

血液検査の採血が終わってからもう1時間以上待つのに次のエコー検査に呼ばれない。

「いつもならもうとっくに呼ばれてもいいのに、今日はそんなに混雑しているのか…」

なんて思っていたが、呼ばれていった先は診察室だった。

僕の勘違いでエコー検査があると思っていたが、今日は血液検査だけだった。

検査が徐々に簡略化していくのは僕にとってポジティブなことだ。

診察室に入ると担当医のウエノ先生はリラックスした感じで座っていた。

今日も問題なく済みそうだ。

先生と検査結果について話した結果、腫瘍マーカーなどの数値は特に問題ないとのことで今回の検査でもがん再発の兆候は見つからなかった。

今後は2ヵ月後にまた血液検査をして、問題が無ければまたその2ヵ月後に血液検査とCT検査をする。

その検査で異常が見つからなければそこでいったん区切りとし、その後は半年ごとの検査をしていきましょう。ということになった。

2ヵ月ごとから半年ごとの経過観察のになることでがん再発の可能性はなんだかグッと下がったような感じがする。

いい傾向だ。

ステージⅣは末期がん?

この際なので先生に僕の病状についてもう一度聞いてみた。

「えっと、先生は僕の癌のことを『T4』とおっしゃってましたけどそれってステージⅣってことですか?」

先生は机から癌区分ファイルのようなものを取り出して説明してくれた。

「ヨシノさんの場合、癌は大腸の内部のみにとどまらずに外側まで浸潤して大腸から飛び出した感じになっていました」

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「そして腹膜に播種(はしゅ)と言って癌細胞が綺羅星のように散らばっていましたし、腹水もたまっていてその腹水の中に癌が泳いでいました」

「はい。(泳いでたというのはたぶん腫瘍が浮いていたのかな?)」

「ですので腹膜への転移がみられましたからデュークス区分で言うとD、ステージでいうと4ということになりますね」

「それで先生、ステージⅣというのは末期がんということなんですか?」

「いえ、末期がんというのはもうその癌が原因で命を落とすといった状態ですので厳密に言うと違いますよ」

先生は僕は抗がん剤治療は途中でやめると思っていたらしい

「今だから言えるけどヨシノさんの病状はひどいほうでしたよ。抗がん剤も目いっぱいやってたからいつもつらそうにしてて見ていていたたまれなかったです」

「そうだったんですか…」

「抗がん剤も何クールか過ぎてあんまりつらそうだったから、これは『もうやめる』って言うだろうな…って思ってたんですが、それでも『やりますか?』って聞くと『やる』って言ってましたから根性あるなって思いましたよ(笑」

先生はそうおっしゃってくれるが僕はただ単にそういうものなんだろうなって思ってたから先生から「抗がん剤しましょう」って言われれば「はい」と答えるしかなかった。

心の中ではいつも「延期になれ」とか「ベッドが空いてなくてもう一週間のびろ」とか思っていた。

今でも手放しで安心することはできない

最後に先生は

「ヨシノさんの場合病状はひどかったから今は元気そうでも手放しで安心することはできないです。腫瘍マーカーとかCT検査でも癌が見つからない場合もあるから決して100%ではないのでは体調に変化があったらすぐ来てください」

と付け加えた。

それともう一度内視鏡の検査をやった方がいいとのこと。

癌ができやすい体質なので2年に一度は内視鏡検査をして早期発見に努めましょうとのことだった。 

「分かりましたありがとうございます」

と先生にお礼を言ってその日は診察室を後にした。

今回の検査でも特に異常は見つからなかったのでとりあえずはほっとしている。

でも、先生が言った

「手放しで安心することはできない」

という言葉がいつまでも胸のどこかにひっかかっているような感じがした。

やはり1年くらい無事だったからと言って癌患者であることは簡単にはやめられそうにない。

「5年間は再発無く過ごす」という目標に向かって油断しないで生活していこう。