がん進行度ステージⅣの大腸がんだということを告げられる
がん進行度ステージⅣの大腸がんだということを告げられる
この記事ではヨシノ(id:yo_kmr)が2016年の6月下旬ごろに書いたメモをまとめています。医師からステージⅣの大腸がんだと告知されたときの心情を書いています。この時は人生でもっとも落ち込んだときだと思います。
病状の告知
2016年6月。
手術から12日経過した日の午前11時頃、担当医のウエノ先生が僕の現在の病状と今後の治療プランについて説明するから面談室ではなしをしましょう。ということで、病室を出て先生と僕と付き添いの日勤の看護師さん(担当のゴトウ看護師さんは本日お休み)と3人で面談室へ向かった。
なぜ付き添いの看護師さんが必要なのか不思議に思ったが、話の内容によっては取り乱したり、気分が悪くなったりする人もいるのかもしれないと勝手に推測する。
4~6畳くらいの広さの面談室には事務机の上にパソコンとモニタが置いてあるだけの殺風景な部屋だった。
先生と僕が膝を突き合わせるようなカタチで座り、僕の斜め後ろに付き添いの看護師さんが立っている状態で話は始まった。
ジェットコースターが急降下する直前のような緊張感
「今日の血液検査の結果ですが、白血球の数はいいです。貧血が少しあるのと、肝機能が少し低下していますが、これは抗生剤の影響だと思われますので数値は徐々に安定してくると思います。ですので手術後の経過は良好ということで明日にでも退院できますよ」
「はい、ありがとうございます!」
よかった明日には家に帰れるんだ、もしかしたらもう2~3日は入院したままかと思ってたから嬉しい。
それになりより「良好」というポジティブな言葉が聞けて嬉しい。
「それで、ヨシノさんの癌について今からお話しようと思います」
きた。
なんだかジェットコースターが一番高いところまで登り切り、いよいよ急降下する直前のようなそんな緊張で身体全体の筋肉が張りつめていくような気がした。
先生はおもむろに白い紙を取り出し、喋りながら何やら書き始めた。
T4.P3…とか何とか、意味はよく分からない。
先生は話を続ける。
「手術で大腸の癌そのものは取りましたが、癌は大腸の外まで進行していて既に腹膜に細かく散らばった状態でした。いわゆる腹膜播種(ふくまくはしゅ)という状況で腹水も見られましたし、腹水の中に癌細胞が泳いでいる状態でした」
「癌の進行度を1から4で言うとヨシノさんの場合は1、2、3、の4番目。T4ということになります」
「……はい…」
そう小さく答えた後、短く息をのんだ。
1から4の4番目。
4期、ステージ4。
どうやら僕が引いたカードは小さなハートのエースではなく、死神微笑むジョーカーだったようだ。
想定していたなかでも最悪に近いシナリオ
シナリオも想定していたもののうちの最悪にほぼ近いものみたいだ。
先生は話を続ける。
「それでこれからは化学療法、抗がん剤の治療をしたほうがいいでしょう。今ある癌がなるべく悪さをしないように出来るだけ長く元気でいられるようにですね!」
先生は僕を励ますようになるべく明るいトーンで話をされていたが、その時の面談室の空気は冷蔵庫で冷やし固められた寒天のように僕の周りを冷たく硬く覆っていた。
表立っては話さないが、先生は僕がもう助からないであろうことを前提に話をされているように感じた。それもなるべく言葉を選んで慎重に話してらっしゃることも。
少なくとも僕が日本人の平均余命である80歳近くまで元気で生きるなんてことは厚かましいことこの上なさそうだ。
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そのあとは抗がん剤の治療の計画を話し合った。
様々な方法があるようだったが先生がいいと思うプランでやってもらうことにした。
プロにはプロの見立てがある。素人考えであーだこーだ言いたくはない。
僕はプロとしての先生に敬意を払っている。
プロとしての先生を信頼している
これから自分でいろいろ調べて選択することも可能だろうが、所詮は素人考え。これまで医療関係の論文すら読んだことも無い付け焼刃のニワカ知識と、日々経験を積み医療というものに長年身近に接してきたプロとではその違いは明らかだと思う。
もし担当医がウエノ先生ではなく、僕が直感的に信頼できないような医師だったらセカンドオピニオンとか求めていたのかもしれないが、今のところその必要性は感じていない。
先生の話だと今現在、手術で摘出した癌細胞を遺伝子検査(たぶんそんな感じの名前だった)にかけていて、その結果をもとに効きやすい抗がん剤を選んでいく予定らしい。
何種類か抗がん剤のパンフレットのような小冊子をもらって説明を受けたがそのときは気が動転していたのかあまり頭に内容が入ってこなかった。
とにかく僕としてはプロとしての先生を信頼しているので先生にお任せすることにした。
今後考えられる弊害とは?腹水?バイパス手術?
そして今後、癌が進行していくことによってどのような弊害が出るかについても話してもらった。
腹水が溜まってお腹が膨らんで苦しくなる。
腹水ってなんですか?
お腹にたまる水らしい。
手術でお腹にたまった腹水を抜くことも出来るけど、またすぐにたまるので一時しのぎにしかならないらしい。
そして腹膜に広がった癌が今度は逆に腸について腸の働きが悪くなり、バイパス手術が必要になったりする場合もあるとのこと。
お腹の中がどんどん腐ってどぶ水のような色になり、そこから腐臭をはらんだ粘度の高い泡がボコボコと噴き出すようなイメージを話を聞きながら思い描いていた。
僕のお腹の中がどんどん腐ってどす黒くなっていく…
これらの先生の話を聞いていて感じたのが、これからの治療プランが「治療」というより「延命」に近いニュアンスで話をされていたように思う。
おためごかしは言わないように、調子のいいことを言ってうっかりぬか喜びさせないように慎重に。
話の最後に先生がすまなさそうに伏目がちに
「外科的手術には限界があります。申し訳ない…」
みたいなことを言ってたような気がするが気が動転しててよく覚えてない。
ただ僕は謝らないで欲しいと思った。
失敗した。みたいに言わないで欲しいと思った。
先生は何も悪くない。
ベストを尽くされていることはよく分かっているんです。
話を終えて面談室を出て、病室に帰る途中で同席していた付き添いの看護師さんが
「そばで聞いててもかなりキツい内容の話でしたが大丈夫ですか?」
と、気を使ってくれたのか声をかけてくれる。
ああ、客観的に見てもキツい内容だったのか…
そんなことを言われると余計にリアリティが増すような気がする。
「あ、まあ大丈夫です…」
喉の上の方の筋肉しか使わないうわべだけの乾いた声で力なくそう答えた。
今の僕にはそう答えるしかなかった。
告知直後はあまり実感がない
面談室から病室に戻り、一人ベッドの上に座って今の気持ちを考えてみる。
今現在、身体自体にはほとんど痛みが無いせいか、イマイチ実感がわかない。
怖い気持ち。残念な気持ち。寂しい気持ち。
その3つをミキサーにかけてどろどろに出来上がった黒く重たいタールのような感情が頭の中をゆっくりギラギラと波打つ。
母への電話で泣きそうになる
ひとしきり呆けた後でふと気づく。
そうだ、母さんに明日には退院だってこと伝えなくちゃ。
携帯を手にいったん病室を出て母に電話をする。
「もしもし、母さん?」
「あんた元気やったかね?そういや昨日カズ(弟)が来てね、庭の木をノコギリで切ってくれたのよ。一度には無理だからまた来るよって言ってたけど、あーごめんゴメン、余計な話して。で、どうかしたの?」
「明日、退院だって」
「わーそりゃあよかったねえ、明日帰れるかねー」
喜ぶ母の声。
今の自分の状況が喜んでいる母の声とは相反するものなのでなんだか母を裏切っているような気持ちになり、申し訳ない気持ちで思わず泣きだしそうになってしまった。
「うん、午前中には退院できるみたいだよ」
もしかしたら、このときの僕の声は泣くのを必死に堪えるあまり、少し震えていたのかもしれない。
喉もとまであふれ出そうになっていた悲しみを精いっぱい押しとどめ、鼻の奥が痺れ今にもその反応を起こそうとする涙腺をなんとか水際で防いでいた。
「じゃあ、迎えに行くからね。また明日ね」
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
電話では自分の今の病状を話すことが出来なかった。
言えなかった。
電話を切った後、冷たく巨大なハンマーで打ちつけるような悲しみだけが胸の奥から突きあがってくるのが分かった。
ゴメン母さん。親不孝することになる。
恐ろしさと悲しみの波
電話を終え、ひとり静かな病室にいると恐ろしさと悲しみの波が交互にやってくる。
僕はそのうちお腹に水が溜まって…もう助からないんだ…怖い。
僕はもう人並みには生きられないんだ…悲しい。
怖い悲しい怖い悲しい。
ひどく気持ちが落ち込んでいるのが分かる。
自分の人生がどんどん狭まっていくような、終わりに向かって収束していくような感覚。
だんだん心細くなってきた。
寂しい。
こんなとき、結婚していて奥さんがいてくれてたらどんなにか心強いんだろうな。
独身の我が身を呪う。
誰かにそばにいてほしい、ただ手を握ってくれるだけでいい。
そんな青臭いラブソングみたいな心境になっている。
「こりゃあ、自分に酔っているな」
「いい歳してみっともないったらないね」
そんな強がりなことを考えてみても、カラ元気のように感じて空しく心の中に響く。
「しっかりしなくちゃ」と思うけど、そのとっかかりが見つからない。
踏ん張れる足場すら見つからず、自らを鼓舞する上滑りな言葉がするすると滑り落ちていくだけだった。
力強さを増していく悲しみ、恐怖、孤独の波
時刻は流れ夕刻。
徐々に日が陰り、窓から差し込む光がオレンジから紫に変わっていく。
同時に悲しみ、恐怖、孤独の波が徐々に力強さを増していった。
あああああああああああ怖い、寂しい、悲しいっ。
苦しいのは嫌だ、痛いのは嫌だ、寂しいのは嫌だ。
つらいつらいつらい!!!
これが絶望なのか?死に向かう者が味わうべき感情なのか?
ベッドにうずくまって泣きたい。
誰かを抱きしめたい。
自分以外の命を肌で感じたい。
その鼓動をその体温を。
混乱の中で感じた心の中の斜め後ろの僕
ステージ4の癌。
そのうち癌が身体中にまわって僕は死ぬ僕は死ぬ僕は死ぬ死んでしまう!
死にたくない死にたくない死にたくないっーーーーーーー!
助かりたい助かりたい助かりたいっーーーーーーーーー!
そんな混乱の渦の中、真っ黒な僕の心の中でもう一人の僕が斜め後ろから僕に向かって問いかける。「もう一人の僕」と言っても二重人格のようなものではなく、ただ単にふと浮かんできた考えのようなものだった。心の底の暗く淀んだ澱がたまった部分から湧き出たほんの小さな粟粒のようなもの。
混乱している自分を俯瞰でとらえることができるほんの少し冷静な僕自身の思考、考えだった。
「お前はこの状況を望んでいたんじゃないのか?」
「死と向き合ったときに人の精神がどういう状態になるのか経験したかったんじゃないのか?」
「難病と闘う患者」
「死地に向かう兵士」
「死刑を宣告された者」
「ビルの屋上に立つ自殺志願者」
「人間の精神が死というものを乗り越えることによって崇高なものになると信じていたんじゃないのか?」
「死と対峙した人間と共感してみたかったんじゃないのか?」
「同じ場所に立たなければ同じ気持ちは味わえない。その経験こそがお前が今まで待ちわびてきたものじゃなかったのか?」
「死を正面に見据えたとき、自分がどういう反応をするのか知りたかったんじゃないのか?」
「もうこれ以上、無為に人生を生きることは辞めにしたかったんじゃないのか?」
「自分が生きていく時間に重みを、十分な価値を持たせたかったんじゃないのか?」
「これは100%お前が望んだものだろう?」
「この死は100%お前のものだろう?」
「お前が100%味わい、経験するためのものだろう?」
「この経験はお前のすぐ後ろにいたんだよ、100%完璧なタイミングを待っていたんだ」
「お前は100%完璧なんだよ、そうだろう?」
ここまで浮かんできた「僕自身の問いかけ」、「考え」を必死になってIpadのメモ機能を使って書き出した。
すると不思議と気持ちが落ち着いた。
うん、かなり楽になった。
ありがとう僕の心の中の斜め後ろの僕。(ややこしいな)
頭のなかでぐるぐると考えるだけではなく、自分の思考を書き出すことでそれを客観的に見ることができ、気持ちを落ち着かせることができた。
いったん書き出してしまえば思考が頭のなかでぐるぐる回り続けることはないし、後でいくらでも読み返すことができるので割と有益な方法ではないかと思う。
味気ない食事
夕食の時間、運ばれてきた病院食を口にするがなんとも味気ない。これは塩分とか味付けがどうこうではなく「死」というものがなんだか味覚を奪っているというか、味気なくさせているような気がする。
多分、気のせいなんだろうけど。
そう思いながらただただ配膳プレートの上の食べ物を機械的に口の中に運んだ。